近代イタリアの代表的画家として名高いジョヴァンニ・セガンティーニは言を俟たず、今ではイタリア本国を除いてその名を知る人も少ない彫刻家レオナルド・ビストルフィも、松方の渡欧期には国際的名声を博していた。当時のメディアが伝えるところによると、松方はブラングィンの助言により、彼らの作品を求めて1918年にイタリアに渡った。(1) 現在、松方旧蔵品としてセガンティーニ4点（M963-M965,M1786）、ビストルフィ8点（M1208-M1215）が確認されるが、(2) セガンティーニの《花野に眠る少女》以外はこの折にミラノとトリノで購入されたと考えられる。セガンティーニはミラノのブレラ美術学校などで研鑽を積み、1881年にその北に位置するブリアンツァ地方に移り住んだ。同地の羊飼いや農民の質朴な生活に取材し、バルビゾン派の画家フランソワ・ミレーを髣髴とさせる感傷的で宗教的感情までも喚起する風俗画の数々を残している。この頃描かれた初期の傑作《羊の毛刈り》は、画家の生前に何度か展覧会にも出品された代表作で、写実的な描写のうちに後年の分割主義（ディヴィジョニズモ）を予兆する細かな筆触が見てとれる。牧歌的な情景を描いたパステル画《花野に眠る少女》も同じくブリアンツァで描かれ、複数のヴァリアントが存在する。(3) のちにセガンティーニの画風は「生」や「死」といった普遍的な概念を扱う象徴主義へと移行していくのだが、松方は自然主義時代の作品に限って購入した。実際、コレクションの全体を見渡しても、神秘主義や観念を偏重するタイプの象徴主義作品はほどんど含まれていない。その意味では、ブラングィンの推挙があったにせよ、松方がイタリアの象徴主義彫刻家として知られ、しばしば観念を主題にすえたビストルフィの作品を複数入手したのはやや意外に感じられる。肖像彫刻や公共記念碑のほか、墓碑も多く手がけたことから「死の詩人」の異名をもつこの彫刻家は、アール・ヌーヴォー様式（リバティ様式）の流麗な曲線が特徴的な浮彫（レリーフ）や、概念の擬人像を配したモニュメンタルな作品で知られた。松方コレクションにも、たとえばイタリア初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の記念堂（ローマ）正面を飾る群像彫刻《犠牲》の習作（ブロンズ／M1215）のほか、夭折した友人画家セガンティーニに捧げられた記念碑《物質から解き放たれた美》（大理石／M1209）や、トリノの実業家ジュゼッペ・ドゥリオの墓碑（大理石／M1210）などを見出せる。とりわけ同墓碑の浮彫に表された人物たちのうねる衣襞は、絵画的とも言うべき装飾効果を生み出している。そうした装飾性とモニュメントの独特な融合がブラングィン、ひいては松方の関心を捉えたのかもしれない。《アンヘロ・ヒオレロの墓碑》もまた、アルゼンチンで富を成した同名の実業家のための大型彫刻で、モンテビデオ（ウルグアイ）の墓地で1913年に除幕された。松方が入手した小型の大理石像（本作品）はイタリアに残された石膏原型（カサーレ・モンフェラート市立美術館）に基づいたものと推測される。(4) 一群の労働者が故人を埋葬へと運ぶこの彫像には、同じく労働者をモティーフとした同時代ベルギーの彫刻家コンスタンタン・ムニエからの影響も指摘されている。(5) (1) « Notizie d’Arte: Opere di Bistolfi e di Segantini distrutte dal terremoto al Giappone », Corriere della Sera, 15 settembre 1923. （ A.-P. Quinsac, Segantini: Catalogo generale, Milano: Electa, 1982, vol. II, p. 558に引用.)またはブラングィンの「斡旋」によるとされる。大屋美那「松方が蒐集したブラングィン絵画」『フランク・ブラングィン展』国立西洋美術館、p. 70。 (2) 1932年6月8日付『大阪朝日新聞神戸版』に掲載の記事では、ビストルフィ作品は約20点と言及。高橋明也「再発見された旧松方コレクションのレオナルド・ビストルフィ作彫刻作品群について」『国立西洋美術館研究紀要』5号、2001年、p. 36。 (3) Quinsac, op. cit., 1982, nos. 445, 447-449: 陳岡めぐみ『所蔵水彩・素描：松方コレクションとその後』東京：国立西洋美術館／西洋美術振興財団、2010年、pp. 60-61。 (4) 本作品を含めて松方旧蔵のビストルフィの大理石像は、いずれもイタリアでの収集時（1918年）に発注され、1922年頃に仕上がって日本に送られたと考えられている。高橋明也「再発見された旧松方コレクションのレオナルド・ビストルフィ作彫刻作品群について　第二回調査報告」『国立西洋美術館研究紀要』6号、2002年、p. 38。 (5) R. Bossaglia and S. Berresford, Bistolfi, 1859-1933: il percorso di uno scultore simbolista, Casale Monferrato: Piemme, [1984], p. 106.（出典: 国立西洋美術館開館60周年記念　松方コレクション展. 東京, 国立西洋美術館, 2019. cat. no. 50）