ジョルジュ・ルオー（パリ 1871-パリ 1958）はステンドグラス職人になるための修業ののち、国立美術学校に入学、マティスやマルケら未来のフォーヴィスムの画家たちとともにギュスターヴ・モローに師事した。1902年頃からはさまざまな技法を試しながら、表出的な黒い描線と色彩が画面を走る独自の作品を手がけるようになる。キリスト教的な救済観の下、人間の悲惨や罪を告発するルオーの作品は、晩年には独自の厚塗りによって内側から輝くような美しい色彩表現にいたる。1904年、ルオーは前の年に自らも設立に加わったサロン・ドートンヌにサーカスの人々やパリ郊外の風景などを描いた油彩画8点とパステル・水彩画31点を出品する。太く黒い描線と暗い影が支配的なその「黒い絵」は批評家たちを当惑させた。本作品はこのとき出された1639番《乳母 Nounou》にあたると考えられる。1898年の師モローの死後、自分の芸術を模索していたルオーは市井に生きるさまざまな人間の「タイプ」を描こうとしていた。預かった子供をそっちのけでおしゃべりに花を咲かす子守の女たち。場所は公園だろうか。子供は裕福な家庭の子らしく、外出用の帽子をかぶり、セーラーカラーのバラ色のワンピースにブーツといういでたちである。本作品は1970年度に東京国立博物館(1) から当館へ管理換えされた作品の1つである。同博物館の列品記載簿によると、1947年（昭和22）に購入された。(2) 日本におけるルオーの受容はかなり早く、梅原龍三郎はすでに1908年のサロン・ドートンヌでルオーの作品に感銘を受け、1920年にパリを再訪した際に油彩画《裸婦》を購入している。 精神性を重視したルオーの芸術は白樺派に好まれ、アトリエには武者小路実篤らも訪ねている。また1920年代末にルオーの蒐集を始めたパリの福島繁太郎は、1934年に東京でルオー10点を含むコレクション展を開き、各界に大きな衝撃を与えた。(4) (1)『東京国立博物館収蔵名品目録』東京国立博物館編、昭和27年、272頁に収録されている（10483番《乳母の図》）。(2) この情報は東京国立博物館の田良島哲氏からいただいたことをここに謝して記します。(3) 後藤新治「近代日本のルオー受容のための予備的考察─1930年代を中心に─」展覧会カタログ『白樺派とルオー　近代日本のルオー受容』松下電工汐留ミュージアム、2005年、13頁。(4) 後藤前掲論文、14頁。（出典: 開館50周年記念　所蔵水彩・素描──松方コレクションとその後. 東京, 国立西洋美術館, 2010. cat. no. 34）