更新日 2020.11.26 | 26 November 2020
現在は展示していません
現在は展示していません。
Eugène Delacroix
Charenton-Saint-Maurice, 1798 - Paris, 1863
ケレスを讚えて Homage to Ceres
制作年 | 19世紀 |
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材質・技法・形状 | 鉛筆、転写紙(紙に貼付) |
寸法(cm) | 20.0 x 39.0 |
署名・年記 | 中央下にアトリエ印: E. D. |
分類 | 素描 |
所蔵番号 | D.1969-0001 |
1849年から54年にかけてドラクロワ(シャラントン=サン=モーリス 1798-パリ 1863)は、パリの旧市庁舎1階の「平和の間」の天井画制作に取り組んだ。その右手の「皇帝の間」はアングルが手がけるなど、当時の巨匠たちが腕を競ったこの建物は残念ながら1871年のパリ=コミューンの暴動で焼け落ちる。そのためオリジナルは現存しないものの、天井画の概要はマリウス・ヴァション『旧パリ市庁舎1855-1871年』(1)(1882年)の版画挿絵などから知ることができる(挿図1)。丸天井には《人類を慰め、豊穣に導く平和》が描かれ(挿図1-1)、これを中心にギリシアの神々の姿を描いた8点の楕円形格間(ごうま)とヘラクレスの生涯を描いた11点のリュネットで構成された。またこのための習作は、ドラクロワのアトリエに残されていた素描類のほか、(2) この仕事の協力者であった弟子のピエール・アンドリウに画家が遺贈した素描が残されている。(本作品および、ドラクロワ《ヘラクレスとケンタウロス》(D.1959-0012)、《ヘラクレスとネメアの獅子》(D.1959-0013)について)今回展示した3点の素描はすべて、この「平和の間」に関連づけられてきた。《ヘラクレスとケンタウロス》(D.1959-0012)と《ヘラクレスとネメアの獅子》(D.1959-0013)はリュネットのための習作、本作品は丸天井の初期段階の習作としてである。確かにヴァションの図版と比べると、《ヘラクレスとケンタウロス》(D.1959-0012)と《ヘラクレスとネメアの獅子》(D.1959-0013)は完成作とほぼ同一構図である。しかし収穫の風景のなか、テュルソス(豊穣を象徴する松かさを付けた杖)を手に麦穂の冠をかぶった農耕の女神ケレスと、コルヌコピア(豊穣の角)を持つ豊穣の擬人像、そして女神に穀物を捧げる人々を描いた本作品については、天井画と主題の上で重なる部分はあるが、構図の違いが大きいだけではなく肝心の平和の擬人像が見られない。一方、楕円形という形からはケレスを描いた格間の1つと関連づけることもできるが、この場合も構図の違いは大きい。むしろ、弟子のアンドリウによるゲルマント城の回廊の天井画の1つ《ケレスを讃えて》(1866年)との関係が明らかである。そのため、今回、主題にしたがって題名を変更することとした。ドラクロワの素描は作家同定をめぐって多くの議論がある。その発端となった1966年のジョンソンの論文(3) はまさにこのゲルマント城の天井画を取り上げたもので、コペンハーゲン国立美術館のペン素描(4) など、これまで「平和の間」のためのドラクロワの素描と考えられてきたいくつかの作品をこの天井画のためのアンドリウの習作とした。ドラクロワの影響が色濃いこの天井画は《ユピテルとパンドラ》を中心に神話主題で四季を描いた4点の格間からなり、「平和の間」と同様、ギリシアの神々の姿が描かれた。しかしその習作群に師の作品との混同が起きたのはそのせいだけではなく、それらがドラクロワの死後、アトリエに残されていた作品群に押されたはずの「E・D」のアトリエ印を持っていたためでもある。現在、ドラクロワのアトリエ印(L.S.838a)(5) には偽の印が少なくとも2点(L.S.838, 838b)確認されており──しかし見分けるのは容易ではない──ゲルマント城の習作群に押されていたのはその1つ(L.S.838)とみなされている。しかし問題を複雑にしているのは、その偽の印が弟子──とくにアンドリウ──や周辺の画家の作品に加え、ドラクロワの真筆作品にも押されているという点にある。(6) 偽のアトリエ印をつけた素描の多くは19世紀末から20世紀初頭に絵画市場に出回り、世界各地の美術館へ入った。現在ではルーヴルをはじめ各地の美術館で「ドラクロワ」の素描の再検討がおこなわれているが、いまだ多くの研究余地を残してもいる。西洋美術館が所蔵する3点の素描にもアトリエ印が押されているが、それぞれ色や形状が微妙に異なり、上述した3種類の印のなかでの特定は難しい。また作品はおそらくどれも転写紙──ドラクロワ自身もしばし用いた──に描かれているようであり、描線の動きは抑制気味で描き手の個性が読み取りづらくもある。今後、関連習作との比較をはじめ詳しい調査をしていく必要があるだろう。 (1) Marius Vachon, L’Hôtel de ville de Paris, Quantin, 1882. (2) Lee Johnson, The Paintings of Eugène Delacroix: a critical catalogue, (The public decorations and their sketches), Oxford, Clarendon Press, 1989, vol. Ⅴ. Text, pp. 133-157, vol.Ⅵ. Supplement and plates, plates 54-61. (3) Lee Johnson, « Pierre Andrieu, le cachet E. D. et le château de Guermantes », Gazette des Beaux-arts, LⅩⅦ, 1966, pp. 99-110. (4) Jan Würtz Frandsen, French drawings in the Department of Prints and Drawings, Copenhagen, Statens Museum for Kunst, 2002, no. 57. (5) Frits Lugt, Les maraques de collections de dessins & d’estampes, supplément, San Francisco, Alan Wofsy Fine Arts, 1988, « Delacroix » の項目を参照。 (6) この問題の概要、およびこれをめぐる研究史については以下を参照。 Susan Strauber, “Delacroix drawings and the false stamp”, Journal of History of Collections, no. 3, 1991, pp. 61-88; id., “Delacroix drawings and the false stamp Ⅱ. Topography and chronology of the faux cachet”, Journal of History of Collections, no. 5, 1993, pp. 129-163. 偽のアトリエ印についてはこの時期に活動したパリの画商の関与を推測している。(出典: 開館50周年記念 所蔵水彩・素描──松方コレクションとその後. 東京, 国立西洋美術館, 2010. cat. no. 4、一部文言修正)
来歴
Private collection, Paris; Purchased 1969.
展覧会歴
- 1970
- 19世紀フランス巨匠展, 日本橋髙島屋、東京, 1970年3月3日-1970年3月8日, cat. no. 19
- 1997
- 素材と表現: 国立西洋美術館所蔵作品を中心に, 国立国際美術館, 1997年4月17日-1997年6月22日, cat. no. 3
- 2001
- 国立西洋美術館所蔵フランス素描名作展: 版画素描展示室改装記念, 国立西洋美術館 版画素描展示室, 2001年3月27日-2001年6月24日
- 2010
- 所蔵水彩・素描展―松方コレクションとその後, 国立西洋美術館 版画素描展示室, 2010年2月23日-2010年5月30日, cat. no. 4
文献歴
- 1971
- 国立西洋美術館年報. No. 4 (1969), 1971, 山田智三郎. [作品解説]. pp. 6-7. 新収作品目録. pp. 14-15. no. P-378. repr.
Currently not on display
Homage to Ceres
Date | 19 C |
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Materials and Techniques | pencil on tracing paper (mounted on paper) |
Size(cm) | 20.0 x 39.0 |
Inscriptions | Atelier stamp lower center: E. D. |
Category | Drawings |
Collection Number | D.1969-0001 |
Provenance
Private collection, Paris; Purchased 1969.
Exhibition History
- 1970
- Exposition des grands maîtres de la peinture Française du 19ème siècle, Takashimaya, Tokyo, 3 March 1970 - 8 March 1970, cat. no. 19
- 1997
- Expressiveness of Materials, National Museum of Art, Osaka, 17 April 1997 - 22 June 1997, cat. no. 3
- 2001
- French Masterpiece Drawings from The National Museum of Western Art Collection, National Museum of Western Art, Tokyo, 27 March 2001 - 24 June 2001
- 2010
- Modern Drawings from the National Museum of Western Art: Selections from the Matsukata Collection and Post-1959 Acquisitions, National Museum of Western Art, Tokyo, 23 February 2010 - 30 May 2010, cat. no. 4
Bibliography
- 1971
- Annual bulletin of the National Museum of Western Art. No. 4 (1969), 1971, Yamada, Chisaburoh F.. [On the New Acquisitions]. pp. 6-7. Catalogue of the New Acquisitions. pp. 14-15. no. P-378. repr.